JSN■【後半】必読新刊書籍「中国最大の敵日本を攻撃せよ」(著者:戴旭 現役中国空軍大佐)

■日中関係は、日清戦争前に戻っている

まず、琉球処分について復習したいと思います。
明治政府は、明治5年(1872年)に、琉球王国を廃止し、「琉球藩」を設置しました。そして、明治12年(1879年)に琉球藩を廃止し、沖縄県を設置しました。これで、沖縄は清国との冊封・朝貢関係から抜き出ることになりました。

その間で、最も大きな事件は、宮古島島民遭難事件をきっかけに、明治7年(1874年)台湾出兵です。これは、明治維新後初めての海外出兵でした。この出兵をきっかけに、琉球人が日本人である事を清国に認めさせることに成功したのです。

実は、その後も、琉球の帰属、領有権をめぐり清国との熾烈な外交交渉が繰り広げられていたのです。それが、収束したのは、明治27年(1894年)の日清戦争後で日本が勝利した時です。結局、琉球併合成功の源は、日本の富国強兵政策の成功だったのです。

<宮古島島民遭難事件>
http://ja.wikipedia.org/wiki/宮古島島民遭難事件

沖縄県那覇市 波上宮近くにある「台湾遭害者の墓」 (仲村撮影 平成22年8月23日)

 
すぐ横には、「対馬丸遭難の慰霊塔」がありお金をかけて整備されているが、ここは荒れたままになっている。
 

「台湾遭害者の墓」 の解説 (仲村撮影 平成22年8月23日)

<台湾出兵>
http://ja.wikipedia.org/wiki/台湾出兵

このように、明治政府の多大な努力と苦労の末、沖縄は日本となり、今の発展があるのです。もし、この時沖縄が日本になっていなければ、間違いなく中国の領土となっていたり、沖縄本島以北は日本、八重山は中国と南北朝鮮のようになっていた可能性もあります。

現在の尖閣諸島の領有をめぐる日中間の外交問題は、まさしく日清戦争前の琉球処分をめぐる日中関係の対立とそっくりです。

今、日本の外交に携わる政治家は、明治時代の政治家がどのような思いで、どのようにして清国と外交交渉をしたのかを学ぶべきだと思います。おそらく中国側は、日清戦争の時の復習を果たす思いで動いているはずですので、生半可な覚悟で太刀打ちできるわけはありません。

この外交交渉は、日本の近代化を果たした「明治維新の志」が求められるのです。

■中国の本音:中国は覇権を求めない。しかし、中国の領土である琉球は奪還する。

この書籍の第4章6節は、「中国は空母を所有し、占領された島々を奪還せよ」となっています。
「中国はアメリカと世界制海権を奪い合うことはしない。これは中国の国家戦略と軍事戦略によって定められているのである。」
「現在の任務は、占領された島々を早いうちに奪回すべきことであろう。」

つまり、覇権は求めないが、日本の明治維新後に奪われた中国の領土である琉球は奪還するといっているのです。

■日本政府は中国の空母完成の脅威に備えよ!

日清戦争当時、日本が最も危機感をもっていたのが、シベリア鉄道の完成でした。明治政府は、シベリア鉄道完成に間に合うように、朝鮮半島を勢力下に置くために日清戦争を戦いました。ロシアの南下に備えて着々と準備を進めたのです。

そして、今日本が最も恐れるべきは、中国海軍の空母艦隊の完成です。この書籍では、中国現役の将校が、「中国空母の任務は、占領された島々の奪還である。」と明言したのです。その島々には、尖閣諸島だけではなく、沖縄の島々全てが含まれるのです。

この脅威はもはや偶発的なものではありません。中国は必ず、沖縄を奪い返すと言って、沖縄を占領しにくるのです。そのために、米国に対抗できるだけの、軍事力の増強を続けているのです。

10年後にも日本が存続し、先進国としての地位を保つためにも、日本国民は総力をあげて、中国の軍事力増大の脅威に備えるべきです。

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