オール沖縄県政分析④
<何故、オール沖縄県政は「抑止力」の必要性を全く理解できないのか?>
自衛隊の南西シフトや日米共同演習には「緊張を高める」「標的にされる」と猛烈に敵視・抗議する一方で、中国公船による尖閣諸島への領海侵入や国連での主権侵害工作には「発言しないことも対応」と沈黙・宥和を貫く――。
自国の防衛力や同盟国を「敵」のように攻撃し、主権と安全を脅かす他国を「配慮対象(味方)」のようにかばう逆転現象は、なぜ起きるのでしょうか。その背景には3つの要因が存在します。
1.「日米=構造的敵」という原初的イデオロギーの固定化
オール沖縄を支える革新勢力の根底には、冷戦期から続く「反米・反安保・反自衛隊」の教条があります。彼らの世界観では、日米両政府こそが基地を押し付ける「最大の抑圧者(敵)」と初めから定義されています。この思考停止により、日本を守るための自衛隊や米軍の防衛努力はすべて「住民を脅かす敵対行動」として認識されてしまいます。
2.明白な主権侵害に対する「宥和とダブルスタンダード」
中国海警局が石垣市の尖閣周辺で領海侵入を常態化させ、地元漁船を威嚇していても、知事は中国への直接抗議を拒絶します。自衛隊の配備には自治権を盾に口を極めて反対する一方で、他国の侵略的圧力に対しては「国と国との対話で」と逃げを打ちます。味方の正当防衛は激しく責め立て、敵の露骨な軍事侵出には目をつぶるという二重基準です。
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3.「対話外交ナラティブ」の崩壊を防ぐ自己欺瞞
県政は「独自の地域外交と対話によってアジアと平和を築く」という理想論を掲げています。もし相手国の覇権主義や軍事脅威を正面から認めてしまえば、「対話さえすれば平和が守れる」という自らの政治神話が破綻します。そのため、相手を「敵」と呼ぶことを恐れ、「配慮すべき隣人」と偽り続けることでしか、自らの正当性を保てないのです。
■ 結びに
自国の守りを敵視し、脅威をもたらす他国に宥和的な態度を取り続けることは、安全保障の完全な転倒です。自陣営のイデオロギーを守るために「敵と味方」を取り違える倒錯した県政は、平和を守るどころか、沖縄の海と島を最も危険な無防備状態へ晒しています。




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