寄稿論文■祖国との一体感を求めて開催された東京オリンピック沖縄聖火リレー

シェアする

 リオデジャネイロ・オリンピックが8月21日に閉幕しました。日本選手団が今大会獲得したメダル数は41個(金12、銀8、銅21)で、前回ロンドン大会の38個を上回って過去最高の結果となりました。金メダルの獲得数では6位、総メダル獲得数では7位です。この勢いで、4年後の東京五輪への期待も大きく膨らみます。東京での開催は2度目となりますが、ここで五輪開催の隠された重要な意義を振り返ってみたいと思います。

◇米軍占領下の中で東京五輪を迎えた沖縄

 52年前に開催された東京五輪は、まさしく日本の敗戦からの復興の象徴でもありました。これをきっかけに日本の高度成長は加速し、昭和43年にはドイツを抜いて国内総生産(GDP)世界第2位にまでなりました。しかし、戦後復興のシンボルである東京五輪を語る上において、見逃されている重要な事があります。それは、東京五輪が開催されたその瞬間、沖縄はいまだに米軍の占領下にあったということです。では、当時の沖縄県民は東京五輪をどのように受け止めたのでしょうか? それを象徴するものを見つけました。昭和39年(1964年)の琉球切手です。当時、沖縄はまだ米国の施政権下にあったため、この切手は5円でも10円でもなく「3セント」と書かれています。

(論文の続きはオピニオンのビューポイントのサイトでご覧ください)
http://vpoint.jp/column/71531.html

関連投稿